東北へ。2018秋 郡山 その1 | 清明
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東北へ。2018秋 郡山 その1

 11/2~4の日程で、プチ帰省もかねて郡山と仙台へ行ってきました。
 郡山では、ありがたいことに猪苗代まで連れて行っていただき、安積疏水関係の史跡などをいろいろご案内いただきました。
 仙台には、戊辰戦争の特別展目当てで行き、小学校の遠足以来じゃないかという青葉城に行ったりもして、充実した歴史旅となりました。

 郡山には以前も一度行っていますので、古いですがそちらの旅レポもご参照いただければと思います。
 →郡山への小さな旅。

 1日目は郡山駅で待ちあわせ。郡山市開成館のボランティアガイドをされている方と、そのボランティアガイドの方を紹介して下さった知人と合流し、車で開成館へ。
 駐車場に入るなり、クラーク博士よろしくポーズを決めた大久保利通の絵があしらわれた案内板が。こんなに大久保利通を推してくれるのは、日本広しといえども郡山だけですよ……!

 開成館は安積開拓の事務所として作られ、明治天皇の東北巡幸の際、行在所ともなった建物です。巡幸の先発隊だった大久保が安積開拓を視察、その結果天皇が立ち寄ることとなったという経緯があります。なのでここには、明治天皇と巡幸に供奉していた政府高官のあの人この人も来ています。
 その時に木戸孝允が頼まれて、郡山小学校に「金透小学校」と名づけています。


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 以前はなかった顔ハメパネルで、君も内務卿になろう!(笑)
 このパネル、すぐ近くにある開成山公園の「開拓者の群像」と同じ人物配置で作られているのですが、なんか小さい? と思ったら、子供用でした。


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 説明を受けつつ、お目当ての特別展「大久保利通と安積開拓」の展示や、前にも一度見ている常設展示を見学。
 特別展の説明パネルには、今回メインビジュアル扱いだったらしい、大久保利通と明治期の開成館周辺の写真があしらわれており、こんなに大久保利通を推してくれるのは(以下略)と思いつつ(笑)
 特別展には、『大久保家秘蔵写真』に収録されておらず、おそらく大久保家にも残っていないと思われる、大礼服姿で座っている大久保の写真があり、これは珍しいなと。昔大久保家から直接送られてきた物が、大事に守られてきたようです。
 今回ご案内下さったガイドさんは、それはもう地域史に詳しく、圧倒されながら説明を聞いていました。開成館のガイドを始めて日が浅いという方も、勉強のためにと一緒に見学していろいろメモを取っていました。

 安積疏水は日本遺産になりましたが、そこには日本遺産としての「物語」があります。
 開成館の常設展示や、大久保利通を祀る大久保神社などの安積疏水関係の場所を見て回りながら、「物語」と歴史について、ぼんやり考えてました。史学科に入ってまずやらねばならない、「史学概論」で出てきます。
 実は安積開拓はそもそも大久保が始めたことではなく、すでに地元の民間人達が開拓を始めているのを視察して、これを疏水も含めた国家プロジェクトとしたのですが、大久保利通というアイコンは有名でわかりやすい。なので日本遺産でも大久保利通を前面に押し出している。地域の歴史的にもそういうことになっている、ということではないかと思います。


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 というわけで(?)、大久保神社。
 以前地元の方に道を聞いたら、大久保神社と言って通じず、「ああ大久保様ね!」と返されて、大久保利通を大久保様と呼ぶのは、日本でもここだけだよ! と感動したものでした(笑)聞いたところによると、どうも小学生の頃から、地元の歴史として安積疏水と大久保利通について教えられているそうです。

 この大久保神社がある牛庭地区では、毎年水祭りが開かれています。神社と同じ敷地内にある建物には、多少資料も保管されているそうです。やはり水祭り、一回は行ってみたいですね!と話しつつ。
 このあたりは大久保の姪を妻とした前田正名も開拓に絡んでいて、それについて詳しい方にお会いできるかも知れなかったのですが、ご不在だったのであきらめて先を急ぎました。
 開拓当時からある三嶋神社(三島通庸と関係あるかと思いきや、無関係でした)や、牛庭地区の共同墓地に連れて行っていただき、安積開拓関係者のお墓も見ることができました。これはやはり地元の方と一緒じゃないと行けない場所ですね。感謝しきりでした。

 その2、1日目後半の猪苗代方面編へ続きます。
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