またも薩摩へ。 2018秋 その1大阪編 | 清明
FC2ブログ

またも薩摩へ。 2018秋 その1大阪編

 9/22~24の日程で、またもや鹿児島に行ってきました。明治150年の今年は、西南戦争終結の日にして西郷隆盛や村田新八などの命日である9/24前後を、鹿児島で過ごしてみたいという動機からでした。
 ですがこの時期、連休だったので飛行機が高い! ついでにホテルも高い上に選択の幅がない! 
 考えた結果、この際飛行機が高ければ新幹線に乗ればいいじゃない! とばかりに、途中数時間ですが大阪に立ち寄り、史跡を巡った後、九州新幹線みずほを新大阪から鹿児島中央駅まで乗り通すという計画を立ててみました。乗り鉄気味のため、機会があれば一度乗り通してみたかったんです、みずほ(^_^)
 というわけで、旅の1日目は大阪編です。

 以前からSNSで繋がっていたエノカマさんにご案内いただいて、短い時間の中でかなりいろいろ見ることができました。感謝。
 新大阪駅でエノカマさんと合流し、まずは阿倍野へ。ようやく、五代友厚のお墓参りをすることができました。

 灯籠や石碑などは、建てられた日付や名前などをまずチェックせずにはいられない私(苦笑)
 堀孝之が建てた石灯籠と、弘成館の人々が寄進した鳥居。墓域内には顕彰碑や奥さんなど家族のお墓も。
 

DSCN2543.jpg


DSCN2534.jpg


DSCN2538.jpg


 長州藩士達のお墓をご案内いただいたり、また薩摩の高崎親章のお墓も見かけましたが、その時はなにをした人だったか思い出せず……。後で調べたら、明治10年に川路利良に帰郷・視察を命じられた警視庁メンバーの一人でした。
 その後、かつて陸奥宗光や小松帯刀のお墓があった夕日岡(夕陽丘)周辺を散策。ここは確か、司馬遼太郎の『燃えよ剣』で土方歳三の恋人が住んでる設定になってましたよね?
 今は建物が建てこんでいて、当時を偲ぶことは難しいですが、昔は海が見えるとても眺望がよい場所だったわけで、このあたりの坂や地形についてご案内いただきつつの散策でした。



 DSCN2547.jpg4


DSCN2548.jpg


DSCN2551.jpg


DSCN2550.jpg


 このお地蔵様は「清地蔵(さやじぞう)」といい、陸奥宗光ゆかりのもの。
 
 この後行った清水寺の写真がなぜかないのですが、お彼岸の準備でバタバタしててすみませんとおっしゃりつつ、お寺の方が親切に対応してくださって、二階も拝観させていただきました。階段の踊り場に、復元した算額が飾られており、神社に奉納されてるのはよく見るのですが、お寺にあるのはあまり見たことがない気がして、興味津々。

 台風の爪痕を感じつつ、裏から行ったので、着いたら真田信繁(幸村)が戦死した場所である安居神社で、ちょっとびっくり。思いがけず行けてよかったです。
 ここでは蚊がすごくて、一瞬でも気を抜くと足に蚊が群がって刺されてしまう状態でした(時間差でかゆみが来て、鹿児島で大変なことにw)。御朱印待ちつつ一生懸命足をたたいたりして蚊を払っていたら、神社の方が虫除けスプレーを貸してくださり、かわいい虫除けシールもくださって助かりました。でも、「蚊も人も共存しないとね」等、やんわりながらもおっしゃっていたので、後から思うと、おそらくは神社内で殺生するなってことだったんでしょうね……。反省。


DSCN2559.jpg


DSCN2561.jpg


DSCN2562.jpg



 安居神社から歩いてすぐの一心寺は、すごい人出でびっくり。お彼岸にお寺に出かける習慣があるようで、この後行った四天王寺も人がいっぱい。実家の方ではお彼岸には自分の家のお墓参りをして終わりだし、そもそも近所にお寺があまりなく、普段お寺になじみがないので、興味深かったです。

 一心寺の中にある、東軍戦死者招魂碑は高橋泥舟の書。木に埋もれており、教えていただかないととてもじゃないけど気づけません(苦笑)
 こちらには、会津藩士のお墓もありました。

DSCN2566.jpg


DSCN2568.jpg



 四天王寺は市も立っており、境内は広く、とても賑やかでした。ここは聖徳太子(厩戸皇子)が建立したと伝えられるお寺の一つ。この前奈良にも行ったので、これで太子が建立したと伝えられるお寺はすべて行ったことに。
 そしてここは、桜田門外の変に関わった高橋多一郎・荘左衛門親子の最期の地でもあるので、石灯籠などの陰になって分かりづらいところに碑がありました。さらに境内の奥の方へと行くと、お墓があります。
 お寺の裏の方に、おそらくは大阪市内各地から集められたとおぼしき石碑が並んで建っているところがありました。長岡外史や一戸兵衛などの名前を見つけましたが、その中に大阪府知事を務めた大久保利武の名がある碑も。前述した高崎親章も、利武より前に知事を務めています。


DSCN2571.jpg


DSCN2570.jpg


 四天王寺を出た後は、五代様の銅像巡りをしつつ、北浜方面へ。
 大阪取引所前の五代様、大きい! かっこいい!
 取引所近くのビルには座っている五代様がいますが、なんと、鹿児島にある大久保利通銅像のボツ案とポーズがほぼ同じでした。鹿児島で行った、銅像の作者である中村晋也さんの美術館では、これでもかと写真を撮ってきたので、また改めてご紹介します。

DSCN2582.jpg


DSCN2594.jpg


DSCN2597.jpg


DSCN2600.jpg


 大阪史跡巡りの締めは、もしかしたら15年以上ぶりかもしれない適塾。お久しぶりです、洪庵先生!


DSCN2614.jpg


DSCN2601.jpg


DSCN2612.jpg


 増改築されているので、緒方洪庵が住んでいた頃そのままというわけにはさすがにいかないのですが、当時を偲ぶことは充分できます。二階の塾生部屋には、幕末明治に活躍した人々も寝起きしていたわけで、塾生達が切りつけたとも言われる柱もあります。
 実は今回、洪庵のお墓と大村益次郎の足塚がある龍海寺も訪ねたかったのですが、境内が台風で荒れているという事情で訪問できませんでした。洪庵も大村も、昔から気になっている人物です。きっかけは、司馬遼太郎の『花神』です(^_^;)
 司馬作品の中では、『花神』が一番好きかもしれません。実は『翔ぶが如く』ではないのです、はい(笑)

 新大阪駅でエノカマさんとお別れし、みずほで一路鹿児島へ。約4時間も乗るので、指定席を選択。腰へのダメージを心配していましたが、シートもとても快適で、しかも2列シートなのでゆったりでき、そもそもが乗り物好きの私には、まったく苦ではありませんでした。
 九州に入る頃にはすっかり日も暮れ、月がきれいで、西南戦争に思いを馳せていたりしたら、あっという間につきました。
 ただいま鹿児島!(笑)


DSCN2616.jpg


 さすがに地元で、「西郷どん」の超特大広告に超特大の鈴木亮平さんのサイン。

 夜は、お知り合いの方々との飲み会。いろいろな話をし、中村晋也美術館で大久保関係の展示をやっているから、行ってみよう! ということになり、みんなで翌日の「西郷どんの遠行(エンコ)」が終わった後行くことに。
 というわけで、例によって石碑とか銅像の写真ばかりの歴史旅レポにおつきあいくださり、ありがとうございました。2日目のレポも、後半は銅像ばかりなのでよろしくお願いします(^_^;)
関連記事




ランキングに参加しています。
クリックよろしくお願いします♪
にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ

コメント


管理者のみに表示