そうだ、京都行こう。2018冬  2日目・主に薩摩関係その2 | 清明
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そうだ、京都行こう。2018冬  2日目・主に薩摩関係その2

 主に薩摩関係の史跡を回った2日目、その2です。

 相国寺の中に入るのは、今回が初めて。しかし、こうして見返すといい写真が全然なくて本当にがっかりです……。 
 相国寺でのお目当ては、薩摩藩ゆかりの林光院。ちょうど団体さんが重なって千客万来の時間帯だったようで、待ってもゆっくり見られそうになかったので、ささっと見学して退散してしまいました(^_^)「京の冬の旅」のパンフや、看板に使われているふすま絵はじ~っと見てきましたが(笑)
 この虎のふすま絵の裏に当たる部屋、天井に手の跡がいっぱいついていました。ギョッとして「いやここに血天井はなかったはず……」と思いつつ、ガイドさんがいたので聞いてみたところ、単に大工さんが脂性だったのではないかと(笑)京都に血天井がある建物は4ヶ所あると教えていただきました。


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 相国寺境内外にある、「甲子役戊辰役薩藩戦死者墓」は、柵で囲われて近くまで行けないようになってました。柵外から手をあわせ、再び境内に戻り、薩摩藩の病院として使われた養源院などを押さえつつ、境内をぶらぶら。会津藩士との闘争で傷を負った村田新八は、負傷後しばらく養病局にいたらしいのですが、養病局はどこにあったのか。養源院だったのかも? とも思うのですが、よく分かりません。


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 相国寺の隣、今は同志社大学となっている場所は、薩摩藩の二本松藩邸だった場所。相国寺から土地を借り、ここに藩邸を構えていました。島津家と縁が深い近衛邸に近く、お互い安心といったところでしょうか。昔は二本松藩邸が薩長同盟締結の地だと言われていましたが、今は小松帯刀が住んでいた近衛家の別邸の御花畑で同盟が結ばれたという説が有力です。


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 せっかくなので、距離感を確かめたくて二本松藩邸跡から御花畑跡まで歩いてみたかったのですが、さすがに動きっぱなしで2日目の夕方ともなってくると、疲れてきたので地下鉄で移動。御花畑跡の片隅にいい感じのカフェがあったので、この日初めてのお店での休憩。この日もお昼は食べ損ねました(苦笑)


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 しばしお茶して、また地下鉄に乗って京都御所へ。待ちあわせの時間が近づいており、まずは薩摩藩が警備担当だった乾門を見に。会津藩士との闘争で負傷した村田新八も、とりあえず乾門の詰所に運びこまれたらしいのですが、どこにその詰所があったものやら……。


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 京都御所の敷地をうろうろ、寺町の方に出て大久保利通旧邸跡にも久々に行こうかなと思ったのですが、見事に方向を間違えました(^_^;)
 フォロワーさんと大丸で待ちあわせ、薩摩藩の錦藩邸跡付近でおしゃれなパスタを。錦の藩邸というと、大山格之助@蟹江敬三さんが血まみれで「錦の藩邸に行きもんそ!」と言う「翔ぶが如く」でのシーンが、必ず脳内再生される私。「翔ぶが如く」の見過ぎですかね……(笑)
 フォロワーさんとは久々の再会で、新書『村田新八』についての感想なども聞けてうれしかったです(^_^)ありがとうございました!

 3日目は、ビビりながらも堪能した「幾松」でのランチの模様などをお送りします。
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