そうだ、京都行こう。2018冬 1日目・鳥羽伏見方面その1 | 清明
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そうだ、京都行こう。2018冬 1日目・鳥羽伏見方面その1

 「京の冬の旅」特別公開にあわせて、2月23~25日に2泊3日の京都一人旅に行ってきました! 新書『村田新八』も無事発売され、大学の方もあとは卒業の正式な通知を待つばかりとなり、自分にごほうびということで(^_^)

 写真も多く、長くなりそうなので、適当に区切って旅行記をアップしたいと思います。

 京都駅に着いて荷物をロッカーに預け、まず向かったのは、東福寺。東福寺は初めてではありませんが、起伏のある地形を活かした作りが、趣きがありながらも要塞のような感じで、テンションも上がります! さすがは臨済宗東福寺派の大本山。往時はお坊さんがどれほどいたんでしょうね。京都の大寺院って、もうほとんど一つの街ですよね。

 この日は、鳥羽伏見周辺を回る計画。とにかくこの日は城南宮までは行くと決めていたので、冬の旅初公開の禅堂・経堂は見送り。でも方丈庭園は見学。今にして思えば、逆では?(苦笑)

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 東福寺でのお目当ては、薩摩藩ゆかりの即宗院。冬の旅で特別公開されている場所には、観光ガイドの方がいて説明していただけます。建物内の撮影は禁止のところがほとんどでした。即宗院には中井桜洲(中井弘)のお墓があり、それを示す石柱もあるのですが、墓域は立ち入り禁止でお参りは不可。残念。


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 この重要文化財の偃月橋を渡って、即宗院に行きます。即宗院は東福寺の境内でも一番奥まったところにあります。
 まずは建物の中に入って、特別公開にあわせて展示されているものを見学、ガイドさんの説明を聞きます。島津家の家紋入りの火鉢(篤姫が滞在した時に使ったと言われる)などの道具類、西郷隆盛と徳川慶喜の書などが置いてありました。さすが島津家ゆかりのお寺、なかなかに豪華なものをお持ちです。
 こういった貴重なものを、博物館ではないのでガラスケースに入っているわけでもなく、至近距離でじっくり見ることが可能です。即宗院がなぜ島津家ゆかりのお寺なのか、よく分かってなかったので説明はありがたかったです。やっぱり有力な家の庇護は強し(笑)

 庭を見学後、西郷さんが実際に即宗院に滞在して書いたと言われる、「東征戦亡の碑」を見に、ちょっとした山登り。その途中に、西郷さんが清水寺成就院の住職・月照と密談をしたとされる建物の跡が残っています。清水寺の方から東福寺まで、山の方を回れば人目につかないように移動できて密会に都合がよかったのでは、とのお話。
 この跡地の手前には古い道しるべが建っており、「西国街道」「京みち」という文字が読み取れました。
 

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 「東征戦亡の碑」には、戊辰戦争で犠牲になった士分以外の人々も含む薩摩関係者の名前が刻まれています。
 石碑の楷書体が、さっき見てきた掛け軸とあまりに字が違うせいなのか、何度も「これ西郷さんが書いたんじゃないでしょ~。慶喜と比べても字うまくなかったじゃん」と言う女性がいて、必死に笑いをかみ殺す不審者と化す私(苦笑)
 石碑をアップで撮った写真は、縦方向で撮ったらうまくブログで表示できず(^_^;)載せるのはあきらめました……。

 東福寺を出た後は、鳥羽街道駅に出て、電車で移動。というわけで、写真が若干残念な感じですが(苦笑)、まだまだ続きます。
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