鹿児島旅行記 その3 2016年1月17日 | 清明
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鹿児島旅行記 その3 2016年1月17日

 なんだかんだあって2日目アップから時間が経ってしまいましたが、鹿児島旅行記ラストです。 
 
 いよいよ鹿児島旅も最終日。この3日間の最後にして最大の目的、「薩長同盟と小松帯刀」聴講付バスツアーに参加しました。
 日置市は初めての訪問だったので、今回も写真たっぷりで行きます。

 まずはバスツアーの集合場所に行く前に、前日の夜の史跡巡りで押さえた高島鞆之助の誕生地碑を、改めて見に行きました。つい最近できたばかりの新しい記念碑です。


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 そしていよいよバスツアーの集合場所へ。小雨が降るあいにくの天気でしたが、資料やカッパを受け取ってバスに乗り込み、いざ出発!
 案内人は日置市教育委員会の方でしたが、よくバスツアーでガイドを務めているらしく、終始ユーモアを交えつつ慣れた感じで、なかなかおしゃべりもうまくて楽しかったです。ただ、これは私の完全な思いこみだったのですが、「薩長同盟と小松帯刀」登壇者の方々ががっつり解説してくれるものだとばかり思っていたので、そこはちょっと残念でした。

 バスはまず徳重神社へと向かいました。途中、伊集院駅前を通過。かっこいい島津義弘の銅像があるのですが、その写真は撮れず。現在徳重神社がある場所には、かつて妙円寺がありました。島津義弘の菩提寺で、妙円寺詣りで有名ですね。大久保利通も若い頃妙円寺詣りをしたことを日記に書いていて、幕末明治の薩摩藩関係者はあの人もこの人も一度はここに来ているはずです。
 ただし、薩摩ではかなり徹底した廃仏毀釈が行われたため、島津家ゆかりのお寺であっても、容赦なくその対象になりました。そのため、妙円寺はなくなり(その後近くに再建)、その跡に今は徳重神社があるわけです。
 写真に写っているのは、日置市の歴史コンシェルジュジュニアのみなさん。このバスツアーがデビュー戦で、史跡の説明をしてくれました。

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 本殿にも島津家の丸十の家紋が。

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 島津家の人々が寄進した石灯籠。ついこういうのをじっくり見てしまうので、はぐれがちになります(苦笑)

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 徳重神社を見学した後は、深固院跡へ。しんこ団子の発祥の地とかで、しんこ団子とは!? と遠征組は興味津々話題騒然(笑)

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 ここにも、廃仏毀釈の痕跡が。


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 ここには、平重盛の墓があります。小松家の名字も、重盛の流れを汲むことから、重盛が小松殿と呼ばれていたことにちなんだもので、かつては重盛の像もあったようです。小松帯刀も深固院には何度か来ていて、重盛の墓も見学に来ているそうです。


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 またバスに乗り、小松家の領地だった吉利の御仮屋(政務機関兼領主の住居)跡である、吉利小学校周辺を軽く散策。清浄寺には小松帯刀の像が。
 宝山ホール前にある像とポーズは同じですが、こっちの方がかっこいいかも?(笑)
 清浄寺は高台にあるので、そこから御仮屋があった小学校方面を見渡せて、麓のありようをしのべてよかったです。

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 御仮屋跡の石碑と、小松家ゆかりの手水鉢など。小学校の敷地内に小松家ゆかりの文書類(複製)なども展示されていました。小学校では地元のガイドの方々が待っていて、資料をいただきました。

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 残っている門や石垣などで、武家屋敷が並んでいた頃の雰囲気を感じることができました。


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 雨で危ないということで、急な階段を登らなくてはいけない鬼丸神社は車窓に。鬼丸神社は小松家の先祖を祭った神社なのですが、確かに見るからに危なそうな階段でした(^_^;)
 そしていよいよ、小松帯刀はもちろん、小松家歴代の人々が眠る園林寺跡へ。バスを降りた時にはすっかり大雨……。
 やはりここにも、廃仏毀釈の痕跡がありました。

 雨に濡れないように写真撮るのに必死で、ろくな写真がありません……。
 写真は小松帯刀のお墓と、側室のお琴のお墓。お琴のお墓は、帯刀の妻、お近のはからいで大阪から改葬されています。
 バスツアーに同行していたイベント登壇者のお三方は、準備もあり園林寺見物後に離脱。


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 結構な雨だったので、また機会があれば天気がいい時にゆっくり再訪したいものです。でも思ってた以上にバスツアーで回ったあたりは山だったし、車じゃないとキツいですね(苦笑)

 この後、ゆすいんという温泉もある施設で昼食。バスツアーの料金も格安だったし、正直食事には期待していなかったのですが、出てきた料理見てびっくり。なかなかに豪華で、天ぷらの盛りあわせは品数も多く、茶碗蒸しにデザートまで。しかもどれもおいしい! 大満足でした。

 ゆすいんにあった、数年前の九州新幹線のポスター。鹿児島はひたすらに西郷さん推しかと思いきや、こんなものが! と色めき立って群がって写真を撮る一同(笑)


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 さて、お昼の後はいよいよ「薩長同盟と小松帯刀」の会場である伊集院文化会館に移動。すでに文化会館の駐車場には車がいっぱい。定員は1100名だそうですが、公式発表で約750名来たそうです。結構な雨の中、盛況でした。

 まずは桐野作人さんの講演。始めに新発見の小松帯刀写真について紹介がありました。額にしみがあったり、若干疲れたような様子もうかがえるとの説明。ついつい写真の説明に熱が入ってしまったようでしたが、薩長同盟について押さえるべきところは押さえ、薩長同盟締結には小松の決断が大きかったとの結論でした。

 その後、小松帯刀も見た(?)太鼓踊りの披露がありましたが、講演終了後下りてきた緞帳の絵柄に思わず色めき立つ遠征組(笑)
 なんと、妙円寺詣りが描かれてます。さすが地元。


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 地元の子供達による太鼓踊りは、幟を持った指導役と思われる年配の方が手まねで「もっとこっち」と指示を出したりする微笑ましい光景もありつつ、堂々として立派でした。

 太鼓踊りの後は、いよいよトークセッション。桐野さん、町田明広さん、荒田邦子さんのお三方が、それぞれ専門家としての立場から小松帯刀について語りました。荒田さんの「私が小松帯刀のファン第一号だと思うんです」という発言、同類ですね(苦笑 荒田さんには他にも乙女な発言がw)
 小松帯刀の明治最初期の外交における活躍などが語られ、小松の功績はもっと評価されるべきことを確認し、町田さんからは「ぜひ小松帯刀の記念館を」という発言もありました。

 イベント終了後は、バスツアー参加者は再びバスに乗り込み、一路鹿児島市内へと戻りました。帰りの車内では、イベント登壇者の方々からイベントの感想や反省、こぼれ話や裏話などが聞けました。
 無事鹿児島中央駅で解散。まさに夢のようだった3日間が終わり、半分やけになってリムジンバスの車内から大久保銅像に手を振りまくり、現実へと帰るのでした(笑)

 もっと肝心の「薩長同盟と小松帯刀」の内容に触れたかったのですが、少し時間が経ってしまったこともあり、さらっとお送りしました。
 今年は薩長同盟150年、そしていよいよ2018年が明治維新150年なので、いろいろとイベント関係も盛り上がってきそうですね。私もまた、近いうちに鹿児島に行くことになるでしょう(笑)

 駄文と稚拙な写真の旅行記におつきあいいただき、ありがとうございました。
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