鹿児島旅行記 その2 2016年1月16日 | 清明
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鹿児島旅行記 その2 2016年1月16日

 鹿児島旅行記、2日目です。2日目以降は写真たっぷりでお送りします。
 2日目はずっと行ってみたかった、いちき串木野市の薩摩藩英国留学生記念館へ行ってきました!

 まずは恒例の朝の散策を、今回はチャリで。きのうの「かごりん」が24時間有効なためか、ザビエル公園のポートではお金を取られませんでした。

 フランシスコ・ザビエルの滞鹿記念碑です。

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 朝の市街地をサイクリングし、ドルフィンポートまで行きました。が、ちょっとホテルを出るのが遅く、ゆっくり朝の桜島を見る間もなく、駅まで爆走してイオン横のポートにチャリを返し、発車間際の電車にダッシュで飛び乗るはめに(苦笑)チャリを返すのに手間取ったり、駅でどのホームなのかちょっとでも迷ったりしたらアウトという、本当に危ないところでしたw

 40分ほどで串木野駅へ到着。駅前には留学生記念館のロゴマーク入りの旗が。寒かったですが、テンション上がりました。


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 最寄りの羽島小前までバスに乗車。お客さんは私一人。途中から海沿いを走るのですが、ここまで来ると海も結構きれいです。運転手さんが、「写真撮りたい場所あったら、ゆっくり走りますから」と声をかけて下さったので、それきっかけで降りるまでお話ししました。
 この前も親子連れで遠方から来た人がいたけど、交通の便がよくないので、有料でいいから送迎を出して欲しいという話をしていたそうで。確かに! 人数が揃えば記念館でも送迎出してくれるけど、なかなかその人数揃えて行くのは難しいし、ぜひ投書してみて下さい、と言ってました。地元のバス路線は本数増やせないでしょうし、でも記念館には来て欲しいしで、運転手さんもその辺を歯がゆく思っている様子。もっと気軽に行けるようになれば、私みたいな公共の交通機関に頼るしかない、車運転できない人は助かりますよね。

 バスを降りて、海までの道をちょっと下ったら記念館の建物が見えてきました。でもまだ開館時間になっておらず、まずは羽島崎神社へ。わりと距離があり、若干不安になりながら(^_^;)
 ここは薩摩スチューデントの一行もお参りしているようで、ということはこの道を通ったのかなあとか思いつつ。

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 下の写真はゴンザ神社。享保頃、船の乗組員として鹿児島から出航、ロシアに漂着し、現地で日本語教師となって露日辞書(と言っても日本語は薩摩弁)を編纂したゴンザが、その辞書で使われている言葉からして、このあたりの出身だったと言われているそうです。


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 元来た道を戻り、いよいよ薩摩藩英国留学生記念館へ。

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 さて、かんじんの記念館ですが、海沿いの景色もいいところに、細部までこだわった建物が映えて、とても素敵でした。展示の内容も、上映されている映像で留学生のことを分かりやすく紹介したり、留学生達が実際に見た景色を追体験できるようにもなっており、とてもよかったです。
 ただ、展示物についているキャプションがどこどこ所蔵というのがなかったりして統一性に欠けたり、なんだかよく分からない説明になっていたりして、不思議に思っていたら、学芸員さんがついていないと後で聞き、そこがちょっと残念でした。
 個人的に一番胸熱だったのは、話には聞いていたし画像でも見ていたけどやはり、他藩人の二人、高見弥一と堀孝之をまずドーンと紹介している作りでした。

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 2階のデッキは、留学生達が乗った船をイメージした作り。ここでしばし、彼らがイギリスへと旅立っていった海を眺めてぼーっとしてました。


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 展示を見終えて、外へ。建物の海側はこんな感じ。置かれているベンチの背にも、記念館のロゴ入り。おしゃれ。

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 実際に彼らがここから小船に乗ったと言われている場所は、彼らの旅立ちを記念して整備され、畠山義成の歌碑などが建てられています。
 この畠山の歌碑、見てみたかったんですよね。私は畠山のお墓探しをしてみたこともあるのですが、無縁墓として整理されてしまった可能性が高く、墓石はもちろん、整理されたという記録も今のところ見つけられていません(参照・「余光を追って」:「畠山義成の墓を探して」)。
 なので、もう墓がない畠山の墓石代わりだと思っている、というお友達に共感するところがあり、思わず歌碑に手をあわせてしまいました。

 
 留学生一行は、この磯の左の方から小船に乗りこんだと言われています。


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 ちょうどお昼になったので、カフェで羽島牛のハンバーグを食べました。おいしかったです。次行くことがあったら、お茶の時間にカフェでゆっくりしたいですね。カフェの隣の関連図書が置かれているコーナーで読書するのもいいかもです。

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 当初の予定では、15時台のバスの時間までこの周辺で過ごすつもりだったのですが、予定変更。鹿児島市内に戻って、黎明館に立ち寄った後、南洲墓地に行きました。それにしても、私南洲神社でおみくじ引く度に大吉な気がする……(笑)


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 南洲墓地でさっとお参りだけして、県立図書館へ。ここで、県立図書館にしかない論文をコピーしようと思ったらなんと! すべてコピーすることができませんでした……。抜き刷り(というか部分コピーした冊子)しかなく、県立図書館にすら、この論文が掲載されていた元の雑誌がないので、半分しかコピーできず。この雑誌は国会図書館にもないので、さすがに少しごねてしまったのですが、規則は規則なのでダメでした。
 他の方の論文とだいぶ内容かぶってるけど、一応押さえておきたかった……。また次回ですね。

 さすがにちょっと疲れたので、この論文のコピーのみでホテルに戻り、しばし休憩。
 夜はお誘いいただいて、「薩長同盟と小松帯刀」のバスツアーに参加するために各地から集まった遠征組の方々と飲み会。誰が来るのか知らないまま参加したのですが、ほぼTwitterですでに繋がってる方で、料理もおいしく楽しく飲みました。いつもほぼぼっちの私には珍しい経験です(爆)


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 そして飲み会の後は、夜の加治屋町周辺史跡巡り。夜の大久保銅像もステキです。って、何度目だって話ですけどw
 「若き薩摩の群像」の前で、いったい誰が誰なのかと、人物特定に余念がない遠征組なのでした(笑)
 というわけで、3日目、この旅の最大の目的だった「薩長同盟と小松帯刀」聴講付バスツアーに続きます。 
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コメント

No title
記念館行ったのに、近くにゴンザ神社ができてるなんて知りませんでした。次回行ってみたいと思います。
コメントありがとうございます
桐野さん>

神社に置いてあった説明書きによると、「2010年12月5日ロシア・サンクトペテルブルグよりゴンザとソーザの御霊を羽島に迎えた」とありました。神社敷地内の建物に「おかえりなさい」などと書かれた看板も設置されていて、地元の運動の結果なのかなと。

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