清明
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大久保利通公墓所掃除の会

 11月17日土曜日、有志による青山霊園の大久保利通公墓所掃除に参加してきました。
 長年甲東祭に参加している方々を中心に企画され、春と秋の年2回、墓所のお掃除をしようということで、Twitter上でも告知して参加者を募りました。
 結果、十数名お集まりいただき、朝9時半から夕方16時過ぎまで、各自の都合で途中参加、離脱もOKということで行われました。

 当初、17日は雨の予報だったのですが、その日が近づくにつれどんどん予報がいい方に変わっていき、当日はほどよく晴れて暑すぎることもなく、お掃除に精を出すことができました。
 冗談で、これは大久保卿のご加護に違いない! とか言ってました(笑)実際に、甲東祭の日は晴れて暑すぎるぐらいになることが多いので、大久保公は晴れ男なんじゃないでしょうか(^_^)

 わずかな空き時間に来て下さったフォロワーさんがいらしたり、Twitterを見て中国からの留学生の方や、史学科出身のご夫婦が来て下さったり。ありがたかったです。
 霊園事務所にも話は通しており、お掃除道具を貸していただけるという話ではあったのですが、軍手やゴミ袋まで提供していただき、びっくり。おかげで作業もはかどりました。
 作業しながらお墓の横で、大久保公絡みのネタ話をしたりもしてましたが、閣下は寛大な心で見て下さっているよね! などと都合のいい解釈をしたり(笑)

 作業としては、落ち葉や銀杏等を取り除いたり、草むしりが中心でした。定期的に管理事務所でも手入れはしているそうですが、長い年月の間に強力に根づいた雑草や、なんらかの若木など、なかなかに手強かったです(苦笑)
 今回、小学生の男の子も参加していて、普段こういった作業はしないせいか楽しんでくれて、大きな草の根っこを取ると、「取ったど~!」と雄叫びが(笑)しっかり戦力になってくれたし、おかげでなごみました(^_^)

 途中、定期的に墓参をしているという方が鹿児島のお土産を置いていかれたり、大久保利通の母方(皆吉家)の縁者の方が見えられたり、といううれしい偶然も。
 母方の縁者の方のお話によると、大久保利通についてはやんちゃだったという話が伝えられており、子供の頃にいたずらなどをすると、やっぱりお前も大久保さんに似てるな、と引きあいに出されるほどだったそうです。
 実際、子供の頃のエピソードには、桜島の火口に面白がって石を投げ入れたとか、湯治場に引かれている水をせき止めてお湯を熱くするいたずらをして喜んでいたとか、なかなかにいたずらっ子できかん坊なところもあったようですからね(笑)
 その縁者の方は、わざわざコンビニで飲み物を買って差し入れて下さいました。素敵な一期一会でした。

 お昼も挟み、とにかく黙々と墓所掃除。しかし、さすがに墓域が広いので、終わらない! 
 当初の個人的な意気込みとしては、とにかくガチで墓所全域、大久保家のご先祖やご子孫のお墓の方までやりたい! と思っていたのですが、とても無理でした……。
 ご先祖のお墓には、お掃除したかったけど手が回りませんでした、すみません、と謝っておきました(^_^;)とにかくみんな頑張ってお掃除したので、許していただけるでしょう……。

 というわけで、これがお掃除の成果です! お掃除前の写真がないので比較できませんが、きれいになったと思います。


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 今回、落ち葉を取りのぞいたり草むしりで土をほじくり返したことで、春になったらどうなってしまうのか、懸念もあります。でも長い目で見て活動を続けていけば、次第に結果が出るのではと信じて、今後も地道にお掃除を続けたいと思います。
 次は4月か5月、5月14日の命日前にお掃除をすることになるかと思います。もし興味を持った方がいらっしゃいましたら、ぜひ次回以降ご参加下さい! 
 なお、真面目にやると翌日確実に筋肉痛でつらいことになります。現場からは以上です。



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東北へ。2018秋 仙台

 旅の2日目は、宿の朝食が8時だったので、朝風呂に入りゆっくりご飯を食べてから、福島から新幹線で仙台へ。
 
 ただいま仙台!
 実は仙台は、宮城に住んでいた頃通勤していたこともあり、なじみのある街なのですが、今回は時間もさほどないのでまずはまっすぐにるーぷる仙台という、観光地を周遊するバスの乗り場に向かいました。
 長い行列にびっくり。結局、少し待って2本目になんとか乗れましたが、ぎゅうぎゅうでした。さすが秋の旅行シーズン。

 せっかくなのでまっすぐお目当ての仙台市博物館には行かず、伊達家の霊廟である瑞鳳殿で下車。

 瑞鳳殿に行く途中に、西南戦争後、国事犯として宮城県で服役中に亡くなった、鹿児島県士族7名の墓があります。
 事情があって鹿児島に改葬されることのなかったお墓が、今もここに残っているのです。ここにはかつてお寺がありましたが、お寺がなくなってしまい、お墓だけが残ったというわけです。
「鹿児島縣人墓地」と刻まれた手前の石碑には、国事犯の代表者として西郷隆盛の叔父、椎原国幹の名前も見えます。

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 これまでいろいろな史跡を巡りましたが、私が唯一、心霊体験というか、不思議な感覚に襲われたのがここ。そんなこともあって、ここまで薩摩にひかれるのも、前世の因縁じゃないかと思っています(笑)
 というわけで(?)、久々に仙台に来たならここにも詣でなくてはいけないような気がして、何度か行ったことのある瑞鳳殿には寄らず、ここにだけ立ち寄りました。

 そしてまたるーぷる仙台に乗り、お目当ての仙台市博物館に到着!(写真が曲がってるのはご愛嬌……)


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「戊辰戦争150年」展をじっくり見学させていただきました。実在の会津藩士の日記を元に、ところどころにミニ解説が入ったり、錦旗勢揃い、肩章・袖章勢揃いというようなコーナーがあったりして、ボリュームたっぷりの展示を分かりやすいように工夫されていたと思います。
 これほど奥羽越列藩同盟側の資料がずらりと揃うことはなかなかないと思いますし、さすがに地元の仙台藩の資料もいろいろあって、行ってよかったなと。
 旧伊達藩領に生まれ育った人間として、それなりに土地勘があるので、そうか地元のこんなところでも戦いが! という驚きもありつつ、まだまだ戊辰戦争のことは分かってないなという反省もありつつ、楽しませていただきました。

 展示室を出たところにあった、写真撮影OKの額兵隊の軍服のレプリカ。


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 仙台市博物館には遠足など、子供の頃から何度か行くことがありましたが、博物館の方から初期の登城ルートで青葉城(仙台城)に行けるとは知らなかったので、これは行かなければと徒歩で青葉城へ。
 ところで、案内板などは仙台城で統一されているのですね。ずっと青葉城と呼んでいた私は、いつから仙台城が正式名称? とか思いながら、曲がりくねった坂を通って登城。結構険しい坂でした……。



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 なぜみんなこれらの石垣をスルーするんだ!(笑)
 でもこのすぐ下の写真の石垣は、かなり昔からあるのかどうかというと、どうなんでしょうね?(汗)

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 たぶん小学校の遠足以来の伊達政宗様。観光客でいっぱいだったので、なんとか人が写らないように撮りました(^_^;)

 渡辺謙さんが「独眼竜政宗」で政宗を演じると決まった時、青葉城に行って仙台の街並みを見下ろしながら、「全部俺のもの」とつぶやいて興奮した、という話を思い出しつつ(インタビューで語ってました)の城址散策。それも納得の眺めです。
 私が行った時には、広場でおもてなし武将隊がVRのPRをしてました。おもてなし武将隊のフリーペーパーをもらってきましたが、なかなかにしっかりした内容の広報誌で、面白かったです。


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 帰りは、大崎八幡宮にも行ってみたかったのですが、日が暮れてきたのと早く実家猫と戯れたかったので(笑)、あきらめて帰宅の途へ。私が宮城にいた頃にはまだ建設中だった、地下鉄の東西線にも乗ってみました。
 地下鉄で仙台駅に着くと、なんと東北本線が人身事故でストップ。やむをえず新幹線で実家の最寄り駅まで戻り、仙台旅も終了。
 翌日は早く実家を出て、「もっと知りたい橋本左内」というイベントに直行するという、歴史充しまくりの週末となりました。



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東北へ。2018秋 郡山 その2

 秋の東北旅、1日目後半は郡山から猪苗代へ。
 
 十六橋へ向かう途中にもいろいろお話をうかがいつつ、道は猪苗代から郡山へ疏水を通す時の障害となった高低差を感じさせる山道になっていきます。
 すると、この辺にも安積疏水でかつて使われていた水門があると、中山トンネルを出たあたりで右折して停車。


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 かつて安積疏水で使われていた水門と、現在の水路。今水は発電所の方に流れるようになっているそうです。これも、やはり地元の方じゃないと分からない場所ですよね。
 そして、安積疏水の最初の取水口だった場所に到着。

 かつて取水に使われていたポンプ。

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 かつての取水口から、現在の取水口を望む。今は写真一番奥の水面に突き出ているあたりから取水しているそうです。


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 おそらくは小学生以来の猪苗代湖の横を通り、きれいになった野口英世記念館に驚いたりしつつ、十六橋へ。
 ここは安積疏水の重要な水門であるよりも、戊辰戦争で激しい戦闘が繰り広げられた場所として有名かも知れませんね。


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 十六橋のたもとにある、安積疏水に大いに貢献したオランダ人技術者、ファン・ドールンの銅像。この銅像は戦時中の金属供出を免れるために、盗まれたと称して土中に埋められてなんとか難を逃れています。
 このエピソードは、「隠されたオランダ人」として紹介され、どれだけ地元の人達が安積疏水ができたことに感謝していたかを示すものともなっています。


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 十六橋を出発、細い山道を通ったので、「旧道ですか?」と訊いてみたら、やはり戊辰戦争の時にも兵士達が通った当時の道でした。その道を通ってまもなく、有栖川宮家の別邸だった天鏡閣に到着。
 まさか連れて行っていただけると思ってなかったのでうれしかったですが、時間もなかったので外観のみ見学。この辺は紅葉がきれいでした。


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 郡山へ戻る途中、行きとは別の道を通り、安積疏水神社へ。ここにはなんと、伊藤博文や松方正義も祀られている、かも知れないらしいです。そう言い伝えられているものの、確たる証拠がないとか。
 神社の前には、松方正義が晩年に訪れた時に植えたという松と、それを示す大きな石碑が建っていました。



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 郡山駅で案内して下さったボランティアガイドの方とお別れし、知人と一緒に新幹線へ乗車。本当にあちこち回れて、いろいろおうかがいできて、有意義な郡山訪問となりました。郡山でお世話になった方、紹介して下さった知人には本当に感謝です。ありがとうございました!
 
 私は福島で下車し、父母と合流して旅館に一泊。福島市と言えば円盤餃子! というわけで、地元の有名店の餃子をご飯前だというのにバクバク食べてしまい、あっという間になくなってしまいました(笑)福島に来たら円盤餃子をぜひ!(^_^)


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 さて、旅の2日目は仙台編です。



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東北へ。2018秋 郡山 その1

 11/2~4の日程で、プチ帰省もかねて郡山と仙台へ行ってきました。
 郡山では、ありがたいことに猪苗代まで連れて行っていただき、安積疏水関係の史跡などをいろいろご案内いただきました。
 仙台には、戊辰戦争の特別展目当てで行き、小学校の遠足以来じゃないかという青葉城に行ったりもして、充実した歴史旅となりました。

 郡山には以前も一度行っていますので、古いですがそちらの旅レポもご参照いただければと思います。
 →郡山への小さな旅。

 1日目は郡山駅で待ちあわせ。郡山市開成館のボランティアガイドをされている方と、そのボランティアガイドの方を紹介して下さった知人と合流し、車で開成館へ。
 駐車場に入るなり、クラーク博士よろしくポーズを決めた大久保利通の絵があしらわれた案内板が。こんなに大久保利通を推してくれるのは、日本広しといえども郡山だけですよ……!

 開成館は安積開拓の事務所として作られ、明治天皇の東北巡幸の際、行在所ともなった建物です。巡幸の先発隊だった大久保が安積開拓を視察、その結果天皇が立ち寄ることとなったという経緯があります。なのでここには、明治天皇と巡幸に供奉していた政府高官のあの人この人も来ています。
 その時に木戸孝允が頼まれて、郡山小学校に「金透小学校」と名づけています。


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 以前はなかった顔ハメパネルで、君も内務卿になろう!(笑)
 このパネル、すぐ近くにある開成山公園の「開拓者の群像」と同じ人物配置で作られているのですが、なんか小さい? と思ったら、子供用でした。


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 説明を受けつつ、お目当ての特別展「大久保利通と安積開拓」の展示や、前にも一度見ている常設展示を見学。
 特別展の説明パネルには、今回メインビジュアル扱いだったらしい、大久保利通と明治期の開成館周辺の写真があしらわれており、こんなに大久保利通を推してくれるのは(以下略)と思いつつ(笑)
 特別展には、『大久保家秘蔵写真』に収録されておらず、おそらく大久保家にも残っていないと思われる、大礼服姿で座っている大久保の写真があり、これは珍しいなと。昔大久保家から直接送られてきた物が、大事に守られてきたようです。
 今回ご案内下さったガイドさんは、それはもう地域史に詳しく、圧倒されながら説明を聞いていました。開成館のガイドを始めて日が浅いという方も、勉強のためにと一緒に見学していろいろメモを取っていました。

 安積疏水は日本遺産になりましたが、そこには日本遺産としての「物語」があります。
 開成館の常設展示や、大久保利通を祀る大久保神社などの安積疏水関係の場所を見て回りながら、「物語」と歴史について、ぼんやり考えてました。史学科に入ってまずやらねばならない、「史学概論」で出てきます。
 実は安積開拓はそもそも大久保が始めたことではなく、すでに地元の民間人達が開拓を始めているのを視察して、これを疏水も含めた国家プロジェクトとしたのですが、大久保利通というアイコンは有名でわかりやすい。なので日本遺産でも大久保利通を前面に押し出している。地域の歴史的にもそういうことになっている、ということではないかと思います。


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 というわけで(?)、大久保神社。
 以前地元の方に道を聞いたら、大久保神社と言って通じず、「ああ大久保様ね!」と返されて、大久保利通を大久保様と呼ぶのは、日本でもここだけだよ! と感動したものでした(笑)聞いたところによると、どうも小学生の頃から、地元の歴史として安積疏水と大久保利通について教えられているそうです。

 この大久保神社がある牛庭地区では、毎年水祭りが開かれています。神社と同じ敷地内にある建物には、多少資料も保管されているそうです。やはり水祭り、一回は行ってみたいですね!と話しつつ。
 このあたりは大久保の姪を妻とした前田正名も開拓に絡んでいて、それについて詳しい方にお会いできるかも知れなかったのですが、ご不在だったのであきらめて先を急ぎました。
 開拓当時からある三嶋神社(三島通庸と関係あるかと思いきや、無関係でした)や、牛庭地区の共同墓地に連れて行っていただき、安積開拓関係者のお墓も見ることができました。これはやはり地元の方と一緒じゃないと行けない場所ですね。感謝しきりでした。

 その2、1日目後半の猪苗代方面編へ続きます。



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またも薩摩へ。 2018秋 その3 南洲神社例大祭など

 秋の薩摩旅、3日目の9/24は西南戦争終結の日であり、西郷隆盛や村田新八、桐野利秋などをはじめとする、城山で最期を迎えた人々の命日です。
 そのため毎年この日に、西郷隆盛などを祀る南洲神社では、例大祭を行っており、それに参加してきました。

 この日も、朝のお散歩で桜島を眺めました。


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 お友達と待ち合わせ、シティービューの始発に乗って南洲神社に向かったのですが、シティービューもなかなかに混雑。
 明治150年で例大祭も参加者多数だろうと予想していたのですが、案の定南洲墓地の駐車場はほぼいっぱい、すでに参加者のみなさんも集まりつつありました。
 例大祭が始まる前の混まないうちに、墓地や神社にお詣り。

 例大祭は10時からで、いつだったかチラッと参列した時に比べるとやはり参列者多数。詩吟や太鼓等も奉納されました。
 あまり写真を撮るのもどうかと思ったので、例大祭中に撮った写真は、この1枚だけです。


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 村田家の方がテレビの生中継に急きょ出演されることになり、気づいたらいつの間にか、知人達もそれを見に移動している!(笑)すっかり出遅れて墓前の方へ行くと、参道にはもしかして鈴木亮平さんの入り待ちかな?? と思われる人達が。前日にトークショーがあったので、そりゃみなさん、来るだろうと予想しますよね(笑)
 中継のレポーターの方が、「まもなく鈴木亮平さん達が来られます!」と言っているので、その場で待機してみたところ、まもなく着物姿の鈴木亮平さんと黒木華さんが顕彰館の方から登場!
 鈴木さんの身体作りが本当にすごすぎて、お友達と二人、「西郷どんだ……西郷どんでしかない……」以外の語彙を失ってました(笑)偶然近くで見られて、ラッキーでした(^_^)

 その後また例大祭の方に戻り、最後の方でご子孫など関係者の方々が玉串を捧げて参拝する段になって、まさかの西郷どん夫婦の正式参拝が。こっそり社殿の脇の方に回っていたようで、ギリギリまでお墓の横で待機し、参拝を終えるとそのまま境内茶屋なんしゅうの方へ。現場が混乱しないよう、かなり配慮していたように見受けられました。

 参拝後、鈴木さんと黒木さんがわりと近くを通っていったのですが、鈴木西郷どんはもう本当に身も心も西郷どんになりきっている感じで、目を細めた表情や、例大祭という場だからかわずかに微笑むその姿に、再び「西郷どんだ……」としか思えなくなる私(笑)
 役者さんは本当にすごいと思います。

 例大祭が終わった後は、雨も降ってきたのでタクシーで黎明館の方に行き、新しくできたレストランでご飯食べられないか行ってみたのですが、すごい待ちが出てたので断念。美術館のカフェでお友達とご飯。
 噂に聞いていた「じめさあ」と、初めてのご対面。


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 駅に戻り、お友達とお茶してお別れした後、一人であれこれお土産を物色後、空港へ。
 大阪で蚊に刺されたところが、時間差で大変なことになっていたため、今回は空港での足湯は断念。無念。
 旅の締めは、山形屋の焼きそば、が定番になりつつあります。やはりおいしい。


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 そんなこんなで、今回も大充実で薩摩旅を終えたのでした。
 3日目のレポはあっさりめになりましたが、時間も経っており例大祭以外史跡巡り等もしていないので、ご容赦を(^_^;)

 今回は思いがけなく中村晋也美術館や川路利良生誕地に行けて、本当によかったです。
 旅先でお世話になった方々に感謝したいです。ありがとうございました!



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