清明
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ようやくの佐賀 その2

 佐賀2日目。早々とホテルで朝食を食べ、8時前に幕末維新記念館に着いてみれば、すでにかなりの人数がテント内に並べられたベンチに座って待っていました。おそるべし。
 ちらほら聞こえてきた話では、いよいよ最終日ということで、土日にあまりの待ち時間の長さに断念した人達が、リベンジで早朝から並んでいる、ということもあったようで。人数チェックなどで回ってきたスタッフさんの話だと、きのうはあまりの人の多さに(本来ならとっくに閉館の)19時までお客さんを入れたけど、今日は最終日で閉会式もあるからそうもいかないと。
 待機列が動いたのは8時半。本来9時開館のはずなので、早く開けてくれたようです。臨機応変な対応に頭が下がります。

 入り口付近で待っている間に、1組ずつ写真を撮り、フォトカードを無料プレゼント(ちゃんとした有料のは別途購入)というのがあり、一人でガッツポーズで「佐賀サイコー!」のかけ声とともに写真撮られました(^_^;)さすがに恥ずかしかったです……。

 幕末維新記念館は、建物内を進みながら映像と音声で幕末維新の佐賀について知れるしくみ。3部構成になっており、これがなかなか面白かったです。直正様かっこいい! すごい! となることうけあい。
 頑張って早く行ったおかげで、9時過ぎには記念館の見学を終えられたので、まずは前日に写真を撮り損ねた弘道館の碑と徴古館を押さえに。


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 その後はひたすら歩いて、江藤新平のお墓がある本行寺へ。
 本堂手前、向かって左に江藤家のお墓がまとまっています。

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 来た道を戻り、副島種臣が書いた額がある与賀神社に立ち寄りました。額は本殿の中にあるので、中に入っての写真撮影ははばかられ、隙間からのぞき見るだけにしておきました。


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 それから、大隈重信の墓がある龍泰寺へ。江藤家同様、大隈一族のお墓がお寺の敷地内にまとまっており、早稲田大学寄贈の石灯籠もありました。


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 昨年建てられたばかりの、島義勇の銅像。ワイルド系のイケメンです。


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 そして、なんて書いてあるか結局分からなかった(苦笑)、枝吉神陽・副島種臣生誕地の碑。


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 ぐるっと佐賀城西側を回って、いったん博覧会のメイン会場付近に戻ったのはお昼時。今度いつ佐賀に来るか分からないので、名物の肉まんじゅうを食べてみようということで、並んでみました。見ていると、列の前の人達、全員もれなくいちご大福も買っているので、私もまねして買ってみましたが、おいしかった!(^_^)

 バルーンミュージアムも見学し、ご飯も食べて、玉屋というデパートにあるながさき幕末維新館へ。ここでは、上野彦馬がナビゲーターの映像を上映していました。せっかく佐賀に来たので、地下で嬉野茶を購入。

 なんだか疲れてしまったので、佐賀観光はここまでにして、予定よりも早く、特急で博多駅へ戻りました。空港で食べたうどんが、この旅で一番おいしかったかも知れない(笑)

 今回はずいぶんあっさりした旅レポになってしまった気がします(^_^;)
 また機会があれば、佐賀市内だけでなく武雄とか嬉野の方も行ってみたいものです。



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ようやくの佐賀 その1

 1月の3連休を利用して、佐賀に行ってきました! まともに佐賀に行くのは、実は初めてでした。いつも通過ばかりで……(^_^;)
「肥前さが幕末維新博覧会」になんとか会期中に行こうと思っていたら、閉幕ギリギリに滑りこみになってしまいました。
 2泊3日でしたが、1日目は東京を出たのがお昼で、移動だけで終わったので、旅レポは2日目朝から始まります。

 2日目朝、前日に博多駅に着いた時点で買っておいた「肥前さが幕末維新博覧会きっぷ」を利用し、特急で博多から佐賀に移動。博多・佐賀間の往復自由席特急券と、博覧会の3館共通券(の引換券)がセットになった、なかなかお得な切符でした。

 8時半前に佐賀到着、駅前では迫力ある鍋島直正様がお出迎え。直正に閑叟という号があるのは有名だと思いますが、私が佐賀にいる間見聞きした限りでは、どこに行っても驚くほど徹底的に説明等での呼称は「直正」で統一され、感心してしまいました。


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 駅前を博覧会のメインパビリオンがある県庁方面に歩き出してまもなく、モニュメントとそれを早朝からお掃除する大勢のボランティアさんに遭遇し、びっくり。会場に行くまでの間、他にも道のゴミなどを拾いながら歩くボランティアの方々を見かけ、こういう方々によってイベントが支えられているんだなあと思いました。
 博覧会の各会場は、最終日直前の3連休ということで、後述するようにとんでもない待ち時間でした。おそらく主催側の予想をはるかに超える混雑で、スタッフのみなさんも朝早くから大変だったと思うのですが、笑顔で対応されていて、イベント自体細かいところまでいろいろ配慮されているなと感じました。

 こういう説明板とともに、メインストリートに佐賀ゆかりの偉人達のモニュメントが点在していました。


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 大隈重信と副島種臣。よく特徴をとらえていますよね。

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 こちらは同い年コンビ、左から枝吉神陽(副島種臣の兄)、佐野常民、島義勇。

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 まずは、久米邦武・桂一郎生誕地に立ち寄ったのですが、その途中に武家屋敷の門がありました。佐賀市街の中心地にはこんなふうに武家屋敷の門が保存されているところが何ヶ所もあります。

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 久米邦武は岩倉使節団の一員として洋行し、使節団の公式記録である「米欧回覧実記」をまとめた人です。のちには歴史学者として活躍することになります。

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 このあと徒歩で博覧会のメイン会場まで移動。着いたのは9時半頃だったのですが、なんとこの時点で博覧会のメインパビリオンである、幕末維新記念館は130分待ち! 少し離れたところにあるリアル弘道館と葉隠みらい館も、かなりの待ち時間が出ているとのことで、いやはやびっくり。
 とりあえずチケット売り場に並びましたが、当然ここまでも少し待つはめになり、そんなに時間があるわけでもなし、チケットを引き換えたら、まずは周辺の施設を回ることにしました。

 というわけで、まずは佐賀城本丸歴史館へ。
 直正様、おはようございます!(写真下手くそ……)

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 鯱の門。城門には佐賀の乱の時のものだという砲弾の跡が。

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 ここで、八賢人おもてなし隊の寸劇を開始数分後の途中からではありましたが、見ることができました。短いながらも、史実が取り入れられ、面白く見応えがありました。
 歴史館の展示はそんなにがっつりしたものではないものの、私は島義勇に関する知識がほとんどなかったので、奥の方でやっていた展示をふむふむと見ました。

 なんでか意味もなくどきまぎしてしまった(笑)、直正様と2ショットスポット(やっぱり写真は下手くそ)


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 いや~石垣がいいわ~とかうっとりしながら歴史館周辺をうろうろした後は、大隈重信記念館へ。大隈の生家も保存されています。展示室では、ずっと流れている大隈の演説を聞きながら、コンパクトにまとまっている展示を見学。


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 佐嘉神社、徴古館も見学して、試しに幕末維新記念館に戻ってみたら、待ち時間140分と、さっきとほぼ変わらず……。明日朝イチで行くことにして、リアル弘道館と葉隠みらい館がある、柳町エリアに行ってみることにしました。
 途中のオランダハウスも見学。これら博覧会に使われている会場は、体育館、旧家、古い洋風建築など、すべて町中にある既存の建物を利用したもの。そこも面白いところだなと思いつつ。

 リアル弘道館は90分待ち。すでにこの時15時近く。せっかく来たので、萎えそうになりつつ並ぶことに。この待ち時間、早まったりしないのかと思ったら、正確でした(苦笑)
 ここでは各自音声ガイド的なものをつけて回るのですが、リアル弘道館の案内役(ナレーション)が久米邦武で、内心にやにやしてました。大隈重信が語る映像もあり、上映前にはかなりライトですが素読体験も。
 待ち時間さえなければ、さくっと分かりやすく楽しみつつ弘道館について知れるので、いいのではないかと思いました。

 さすがに90分待ち+見学の後に葉隠みらい館は無理で、この日の観光はここまで。
 というわけで、佐賀旅レポもその2に続きます。



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大久保利通公墓所掃除の会

 11月17日土曜日、有志による青山霊園の大久保利通公墓所掃除に参加してきました。
 長年甲東祭に参加している方々を中心に企画され、春と秋の年2回、墓所のお掃除をしようということで、Twitter上でも告知して参加者を募りました。
 結果、十数名お集まりいただき、朝9時半から夕方16時過ぎまで、各自の都合で途中参加、離脱もOKということで行われました。

 当初、17日は雨の予報だったのですが、その日が近づくにつれどんどん予報がいい方に変わっていき、当日はほどよく晴れて暑すぎることもなく、お掃除に精を出すことができました。
 冗談で、これは大久保卿のご加護に違いない! とか言ってました(笑)実際に、甲東祭の日は晴れて暑すぎるぐらいになることが多いので、大久保公は晴れ男なんじゃないでしょうか(^_^)

 わずかな空き時間に来て下さったフォロワーさんがいらしたり、Twitterを見て中国からの留学生の方や、史学科出身のご夫婦が来て下さったり。ありがたかったです。
 霊園事務所にも話は通しており、お掃除道具を貸していただけるという話ではあったのですが、軍手やゴミ袋まで提供していただき、びっくり。おかげで作業もはかどりました。
 作業しながらお墓の横で、大久保公絡みのネタ話をしたりもしてましたが、閣下は寛大な心で見て下さっているよね! などと都合のいい解釈をしたり(笑)

 作業としては、落ち葉や銀杏等を取り除いたり、草むしりが中心でした。定期的に管理事務所でも手入れはしているそうですが、長い年月の間に強力に根づいた雑草や、なんらかの若木など、なかなかに手強かったです(苦笑)
 今回、小学生の男の子も参加していて、普段こういった作業はしないせいか楽しんでくれて、大きな草の根っこを取ると、「取ったど~!」と雄叫びが(笑)しっかり戦力になってくれたし、おかげでなごみました(^_^)

 途中、定期的に墓参をしているという方が鹿児島のお土産を置いていかれたり、大久保利通の母方(皆吉家)の縁者の方が見えられたり、といううれしい偶然も。
 母方の縁者の方のお話によると、大久保利通についてはやんちゃだったという話が伝えられており、子供の頃にいたずらなどをすると、やっぱりお前も大久保さんに似てるな、と引きあいに出されるほどだったそうです。
 実際、子供の頃のエピソードには、桜島の火口に面白がって石を投げ入れたとか、湯治場に引かれている水をせき止めてお湯を熱くするいたずらをして喜んでいたとか、なかなかにいたずらっ子できかん坊なところもあったようですからね(笑)
 その縁者の方は、わざわざコンビニで飲み物を買って差し入れて下さいました。素敵な一期一会でした。

 お昼も挟み、とにかく黙々と墓所掃除。しかし、さすがに墓域が広いので、終わらない! 
 当初の個人的な意気込みとしては、とにかくガチで墓所全域、大久保家のご先祖やご子孫のお墓の方までやりたい! と思っていたのですが、とても無理でした……。
 ご先祖のお墓には、お掃除したかったけど手が回りませんでした、すみません、と謝っておきました(^_^;)とにかくみんな頑張ってお掃除したので、許していただけるでしょう……。

 というわけで、これがお掃除の成果です! お掃除前の写真がないので比較できませんが、きれいになったと思います。


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 今回、落ち葉を取りのぞいたり草むしりで土をほじくり返したことで、春になったらどうなってしまうのか、懸念もあります。でも長い目で見て活動を続けていけば、次第に結果が出るのではと信じて、今後も地道にお掃除を続けたいと思います。
 次は4月か5月、5月14日の命日前にお掃除をすることになるかと思います。もし興味を持った方がいらっしゃいましたら、ぜひ次回以降ご参加下さい! 
 なお、真面目にやると翌日確実に筋肉痛でつらいことになります。現場からは以上です。



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東北へ。2018秋 仙台

 旅の2日目は、宿の朝食が8時だったので、朝風呂に入りゆっくりご飯を食べてから、福島から新幹線で仙台へ。
 
 ただいま仙台!
 実は仙台は、宮城に住んでいた頃通勤していたこともあり、なじみのある街なのですが、今回は時間もさほどないのでまずはまっすぐにるーぷる仙台という、観光地を周遊するバスの乗り場に向かいました。
 長い行列にびっくり。結局、少し待って2本目になんとか乗れましたが、ぎゅうぎゅうでした。さすが秋の旅行シーズン。

 せっかくなのでまっすぐお目当ての仙台市博物館には行かず、伊達家の霊廟である瑞鳳殿で下車。

 瑞鳳殿に行く途中に、西南戦争後、国事犯として宮城県で服役中に亡くなった、鹿児島県士族7名の墓があります。
 事情があって鹿児島に改葬されることのなかったお墓が、今もここに残っているのです。ここにはかつてお寺がありましたが、お寺がなくなってしまい、お墓だけが残ったというわけです。
「鹿児島縣人墓地」と刻まれた手前の石碑には、国事犯の代表者として西郷隆盛の叔父、椎原国幹の名前も見えます。

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 これまでいろいろな史跡を巡りましたが、私が唯一、心霊体験というか、不思議な感覚に襲われたのがここ。そんなこともあって、ここまで薩摩にひかれるのも、前世の因縁じゃないかと思っています(笑)
 というわけで(?)、久々に仙台に来たならここにも詣でなくてはいけないような気がして、何度か行ったことのある瑞鳳殿には寄らず、ここにだけ立ち寄りました。

 そしてまたるーぷる仙台に乗り、お目当ての仙台市博物館に到着!(写真が曲がってるのはご愛嬌……)


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「戊辰戦争150年」展をじっくり見学させていただきました。実在の会津藩士の日記を元に、ところどころにミニ解説が入ったり、錦旗勢揃い、肩章・袖章勢揃いというようなコーナーがあったりして、ボリュームたっぷりの展示を分かりやすいように工夫されていたと思います。
 これほど奥羽越列藩同盟側の資料がずらりと揃うことはなかなかないと思いますし、さすがに地元の仙台藩の資料もいろいろあって、行ってよかったなと。
 旧伊達藩領に生まれ育った人間として、それなりに土地勘があるので、そうか地元のこんなところでも戦いが! という驚きもありつつ、まだまだ戊辰戦争のことは分かってないなという反省もありつつ、楽しませていただきました。

 展示室を出たところにあった、写真撮影OKの額兵隊の軍服のレプリカ。


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 仙台市博物館には遠足など、子供の頃から何度か行くことがありましたが、博物館の方から初期の登城ルートで青葉城(仙台城)に行けるとは知らなかったので、これは行かなければと徒歩で青葉城へ。
 ところで、案内板などは仙台城で統一されているのですね。ずっと青葉城と呼んでいた私は、いつから仙台城が正式名称? とか思いながら、曲がりくねった坂を通って登城。結構険しい坂でした……。



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 なぜみんなこれらの石垣をスルーするんだ!(笑)
 でもこのすぐ下の写真の石垣は、かなり昔からあるのかどうかというと、どうなんでしょうね?(汗)

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 たぶん小学校の遠足以来の伊達政宗様。観光客でいっぱいだったので、なんとか人が写らないように撮りました(^_^;)

 渡辺謙さんが「独眼竜政宗」で政宗を演じると決まった時、青葉城に行って仙台の街並みを見下ろしながら、「全部俺のもの」とつぶやいて興奮した、という話を思い出しつつ(インタビューで語ってました)の城址散策。それも納得の眺めです。
 私が行った時には、広場でおもてなし武将隊がVRのPRをしてました。おもてなし武将隊のフリーペーパーをもらってきましたが、なかなかにしっかりした内容の広報誌で、面白かったです。


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 帰りは、大崎八幡宮にも行ってみたかったのですが、日が暮れてきたのと早く実家猫と戯れたかったので(笑)、あきらめて帰宅の途へ。私が宮城にいた頃にはまだ建設中だった、地下鉄の東西線にも乗ってみました。
 地下鉄で仙台駅に着くと、なんと東北本線が人身事故でストップ。やむをえず新幹線で実家の最寄り駅まで戻り、仙台旅も終了。
 翌日は早く実家を出て、「もっと知りたい橋本左内」というイベントに直行するという、歴史充しまくりの週末となりました。



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東北へ。2018秋 郡山 その2

 秋の東北旅、1日目後半は郡山から猪苗代へ。
 
 十六橋へ向かう途中にもいろいろお話をうかがいつつ、道は猪苗代から郡山へ疏水を通す時の障害となった高低差を感じさせる山道になっていきます。
 すると、この辺にも安積疏水でかつて使われていた水門があると、中山トンネルを出たあたりで右折して停車。


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 かつて安積疏水で使われていた水門と、現在の水路。今水は発電所の方に流れるようになっているそうです。これも、やはり地元の方じゃないと分からない場所ですよね。
 そして、安積疏水の最初の取水口だった場所に到着。

 かつて取水に使われていたポンプ。

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 かつての取水口から、現在の取水口を望む。今は写真一番奥の水面に突き出ているあたりから取水しているそうです。


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 おそらくは小学生以来の猪苗代湖の横を通り、きれいになった野口英世記念館に驚いたりしつつ、十六橋へ。
 ここは安積疏水の重要な水門であるよりも、戊辰戦争で激しい戦闘が繰り広げられた場所として有名かも知れませんね。


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 十六橋のたもとにある、安積疏水に大いに貢献したオランダ人技術者、ファン・ドールンの銅像。この銅像は戦時中の金属供出を免れるために、盗まれたと称して土中に埋められてなんとか難を逃れています。
 このエピソードは、「隠されたオランダ人」として紹介され、どれだけ地元の人達が安積疏水ができたことに感謝していたかを示すものともなっています。


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 十六橋を出発、細い山道を通ったので、「旧道ですか?」と訊いてみたら、やはり戊辰戦争の時にも兵士達が通った当時の道でした。その道を通ってまもなく、有栖川宮家の別邸だった天鏡閣に到着。
 まさか連れて行っていただけると思ってなかったのでうれしかったですが、時間もなかったので外観のみ見学。この辺は紅葉がきれいでした。


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 郡山へ戻る途中、行きとは別の道を通り、安積疏水神社へ。ここにはなんと、伊藤博文や松方正義も祀られている、かも知れないらしいです。そう言い伝えられているものの、確たる証拠がないとか。
 神社の前には、松方正義が晩年に訪れた時に植えたという松と、それを示す大きな石碑が建っていました。



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 郡山駅で案内して下さったボランティアガイドの方とお別れし、知人と一緒に新幹線へ乗車。本当にあちこち回れて、いろいろおうかがいできて、有意義な郡山訪問となりました。郡山でお世話になった方、紹介して下さった知人には本当に感謝です。ありがとうございました!
 
 私は福島で下車し、父母と合流して旅館に一泊。福島市と言えば円盤餃子! というわけで、地元の有名店の餃子をご飯前だというのにバクバク食べてしまい、あっという間になくなってしまいました(笑)福島に来たら円盤餃子をぜひ!(^_^)


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 さて、旅の2日目は仙台編です。



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